株式会社あさひ 下田社長の講演を拝聴して

by Kazuhiro Ando 2011/08/25 (木) 19:33

日経BP社主催の講演会に参加しました。

実は私の自転車は「あさひ」製です。以前日経ビジネスか何かの雑誌で、「上場したすごい自転車屋がある。」と言うことを知り、興味を持ったことがきっかけとなって購入したのです。

サービス力がウリと聞いていたのですが、近くに店舗がなく、残念ながら購入した時に一度行ったきりです。
そろそろ点検してもらいに行こうと思っています。

そんないきさつで、下田社長の講演があるということなら、是非お話を聞いてみたいと思っていました。

東証1部上場企業の社長にもかかわらず、気取ったところが一切無いお人柄に私だけでなく聴衆は魅了されたのではないでしょうか。

講演の後、名刺交換にも応じてくださり、私の個人的な質問にも丁寧にアドバイスをくださいました。感謝です。

以下は、講演のメモです。


現在252店舗

1948年生まれ

玩具の製造町工場を両親が始めた。

三男だが後を継ぐことになった。

高校卒業後3年間は、外で勤めた。

その後商店街に16坪のおもちゃ屋を始めた。

GMSが破竹の勢いのころ。

昭和45年。22~3歳のころ。

ダイエーができてから、全く客が来ない。

3年間ほど、毎日お客様が来なくて外を眺めていた。

非常に辛かった。

しかし、鼻っ柱の強い、若い頃にこのような経験ができたことは、今思えば、素晴らしい経験だったと思う。

25~6歳の頃、自転車屋に転換した。

自転車製造は堺の地場産業だった。

自転車屋やったらやれるのはと思った。藁をもすがる思い。

自転車はお客様とハートがつながる。

最初は技術も知識もないので、サービスで勝負するしかなかった。

34歳くらいまでの間に、街の自転車としてはかなり売っているほうだった。

しかし、価格競争に巻き込まれた。

ブリジストンのみでやっていた。

一念発起して、競技車、プロスポーツ車について勉強し始めた。

他店はツンとしているところが多かったこともあり、プロショップでも大成功した。

めちゃくちゃ売れた。日本一か二番目くらい。

津波のような仕事量。一日18時間くらい働かなければならないくらい。

42~3歳ころ体力的にもキツくなってきた。

一方、一般の自転車はGMSなどによる安売り競争。

「安心・安全を最優先しなければならない乗り物」が自転車だから、こんな事で良いのか?という疑問が大きくなった。

安ければ本当に良いのか?

これが本当に消費者の利益になることか?

そこで、プロショップで儲かっていたので、自分の思い通りの店を作って世に問おうと思った。

「こんな店がほしかった」と言われどんどん売れた。

スポーツ車で年間2億5~6千万売っていた頃、一般車は初年度1億5~6千万売れた。

毎年1件、2件店を増やしていった。昭和50年代。バブルのちょっと前。

斜陽産業、成熟産業極まりないころでもあった。

そしたら、バブルが崩壊。

就職氷河期。優秀な人材が自転車にも来てくれるようになった。

郊外に空き家がドンドン出てきた。

それを利用しタダ同然で店を出せた。

とにかく損益分岐点を下げようと考えた。

自転車はよく売れた。

自分自身で優秀な新卒を採用できるよう活動した。

安さは合理的でなければ、企業は発展しない。

安く出来る理由が必要ということ。

ある程度の販売ができるようになったら、自分たちで製造しようと思っていた。

いま年間130万台売っている。

徹底的に力を入れたのが、従業員の人間力を向上させること。

150坪から200坪の店舗面積に自転車だけ置いている。

駐車場がなくてお客様へご不便をかけていたときもあったが、これじゃあいかんと思って改善した。

採算が取れなくて店を占めたのはほぼゼロ。

250戦、250勝。自惚れているわけではない。

勝負事ならありえないが、これは勝負ではない。

新業態として開発したから成し得た。

新しい業態が普通になるまでは、店をドンドンだしてゆくだけ。

競争相手もいないし。当然。

ただ、長い歴史から見ていると一瞬のこと。

まず、未来を想像し、そして「これじゃあいかん」という思いが大切だったと思う。

これまでは良かったとしても、今後も続くとは限らない。

京都のゲーム会社の例などをあげて、従業員に話している。

一方、変わっていけないのは、お客様への情熱。正しい経営姿勢。

上場、いっぺん言い出したら男としてはやらねばならない。

3.11以降。世の中が大きく変わる節目かと思っている。

自転車にとっては、やっと21世紀になって風向きが変わってきた。

環境問題。健康志向。

しかし、問題もある。

マナー違反。

交通弱者のマナー違反が非常に多い。

都心に車で来る必要はないのではないか。

ロンドンなどは自転車が走りやすい街づくりをずっとやっている。

自転車社会に対する流れは変わらない。日本も法整備や街づくりが必要。

今から考えると、若い時の苦労は本当によかった。

「お客様第一」をどういうふうに実現していくことが仕事。

どのようにして「お客様第一」を現してゆくのか。がこの40年間の仕事だった。

人生は20年、40年、20年にわけて考えると良い。

「お天道様が見ている」ということを二十になるまでに教わる

その後の40年。社会との関わり合いがある時期。

非常に大事。

計画は今の必要をわからせてくれる。

5年間、10年間の計画を立てると良い。

ただ頑張っているだけでは、夢は夢で終わってしまう。

計画をたてて、ただ、やればいいだけ。

人の命は限りがある。

会社はもっと長生きして欲しい。

会社はリレー。

第二走者に継いでいくことも計画。

ブリジストン。久留米の地下足袋会社だった。

足袋屋が足袋屋で終わってはいけない。変化に対応し、自分たちも変化することが大切。

うまく行っても、自惚れてはいけない。

常々、いいことは続くわけがないと考えることが大切。

お客様第一は「Yes」から始まる。

ダメな従業員は「No」から入る。なんか自分の立場しか考えない。

「Yes」から入って、なんとか実現しようとすることが大切。

そいいうことを教えている。

50過ぎてきて、見えてきた。簡単になってきた。

自分の判断基準が定まったと感じた。

若いうちは上昇志向を持つのが当たり前。

そうでなければ商売はできない。

儲かるか、儲からないかは判断基準にしてはいけない。

そのことが、正しいか正しくないかを基準として判断している。

迷いがなくなった。

全社一丸となって、この価値判断でやっていることが、ちゃんとした利益につながってくる。

■�質疑応答

Q:自転車は出張修理、車での引取り、ロードサービスなどしないのか

A:痛いところをつかれた。

課題だと思っている。

昔、無料出張修理をやっていたことがある。

採算が取れなかった。人手が足りなかった。

あさひが出張修理します。と言ったら絶対責任を取らなければならない。

私はやりたい。お客様が喜ばれるから。

ドミナントエリアで一度実験をしてみようと思っている。

いまは出来なくても、いつか出来ると思い続けていたいと思っている。

仕組みづくりをします。

そのためにはもう少し店の数が必要かもしれない。

Q:自転車用のインフラ整備について国に働きかけているか?計画はあるか?

A:これまでは自転車のことは忘れられてきた。

モラルについても問題意識をもっている。

絶対にアサヒの社員は信号を守るように言っている。

Q:初年度から利益があがるとのこと。たの資本力のある会社が真似できないのはなぜか?

A:人に尽きる。

セルフサービス、安さ。を目標にしてきた会社と、安心安全に中心に据えている会社とは大きく違う。

何度も何度も言って聞かせている。

入社して3年もすれば、いい感じに育っている。

Q:会社起業して10年。右腕が育たない悩みがある。どのように企業理念を浸透させたのか。

A:43歳からチェーン展開始めた。軌道に乗るまでに5年くらいはかかった。

入ってきたのは若い連中がほとんどだった。

自分が先頭にたって、一生懸命育ててきた。引っ張ってきた。

いまの役員はすべて40代。

みんな現場あがり。

(経理などはあとでよそから入ってもらったが。)

自分で何もかもやって、人を育てた。

いろいろやらなければならなかったが、「そやから面白い。」と思っている。

津波のように仕事が来て、やらされる。

50歳くらいまでは年間の休みは30日くらい。

休みといっても午前中は仕事をしなければいけなかった。

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経営関連 | 感謝

年商1500万円から35億円への道

by Kazuhiro Ando 2011/06/16 (木) 20:30

経済界倶楽部 横浜例会で 株式会社キツタカ 橘高 勝人社長のお話を聞いてきました。

http://www.kitsutaka.co.jp/

夢と明確なビジョンを持ち続け、行動することの大切さを改めて勉強させていただきました。

また、経営者の努力につぐ努力が道を拓くことも。

以下は、自分用のメモですので、もしかすると少しニュアンスが異なるかもしれません。

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日々畳屋は廃業している、全国で8,000件を切っている。
平均年商1,500万円

医者になりたくて、猛勉強していた高校時代、父親が脳梗塞で倒れた。(18歳のとき)
やはり年商1,500万円くらいだった。

長男でもあり、畳屋にならざるを得なかった。

近所に一日に6枚から10枚の仕事があればせいぜい。
倒れた父に代わり、母親が車を運転し配達などをこなした。(唯一の職人は車の運転が出来なかったので)

一応大学にも入学したが、高校卒業と同時に修行を開始。
一人だけいた職人から、手縫いを見て覚えるしかなかった。

その職人が慢心し、「俺がいなければこの店は潰れる」などと
脅迫を受けながら一生懸命仕事を覚えた。

ある日、田園調布の環八のライオンズマンションの新築現場で、山盛りの畳のトラックを見た。
自分の店との違いに驚き、あんな風になりたいと思い始めた。

材料屋の社長に、「どうしたらあんな大きな畳屋になれるのか?」ときいた。
「ゼネコンに営業するといい」とアドバイスしてくれた。

若かったこともあり、素直に受け止めた。

近くに鹿島建設が建築するマンションの事務所をみつけたので、営業に入ってみた。

「このマンションでは3,000枚必要だけど、どんな規模の店なの?」と聞かれ、
「少なくとも法人でなければ、だめなんだよ。」と教えてくれた。
もらった名刺には副所長と書かれていた。

世間知らずな自分は、「法人」ってなんですか?と聞き返すほどだった。

それから、現場の事務所ではなく購買部にいかなければいけないことなど詳しく教えてくれた。

材料屋の社長に法人化について相談。
社長に手伝ってもらい、法人化した。

株式会社の名刺は水戸黄門の印籠のように感じていたので、機会があるごとに営業をしていった。

大手ゼネコンや、ミサワホーム、積水ハウスなどとの取引もできるようになってきた。

だんだん年商も3000万円などに増えていった。
新築の建物に畳をまとめて納める仕事がほとんどになっていった。

ゼネコンを中心に営業しまくった。

年商が1億円を超えた頃、一回の納品で3,000枚などの仕事が受けられるようになった。
一日2、3時間しか寝れないくらい忙しかった。

「俺ってすごいな」と自分を褒めたい気持ちになった。
4トン車も買い、あのときた光景を実現したときの高揚感は忘れられない。

売上も3億円くらいまでになった。

しかし、異変も起きてきた。

戸建住宅の新築用に、4トン車では大きすぎるので、1.5トンのトラックを買いたいと母親に相談。
ところが、母親はあなたが頑張れば頑張るほど自分の白髪が増えると訴え、大げんかに。

実はこのころは決算書など見ることがなかった。

来る日も来る日も営業をし畳を作ることばかり考えていた。

ある正月の4日、釣りをしていたら、銀行から自動車電話にコールがあった。
「3時までに200万円を入金せよ。」との知らせ。

母に「そう言う事だから入金しておいて」と頼むと、「そのお金どこにあるの?」との返事。

実はそのころ会社の資金繰りは、給与も払えないほど火の車だったと初めて知った。
その日は親戚などに頭をさげ、なんとか切り抜けた。

母からいくら苦しいと聞いても、
売上を増やすことが会社を発展させることだと思い込んでいた。

資金繰り地獄に突入。

苦しんでいるとき、福岡の畳屋が好調と聞き、話を聞きに行った。
その会社は年商8億に対して経常利益4~5千万円残していた。

初めてたずねたとき、その会社の番頭さんが応対してくれた。
この人はいまでも師と仰いでいる。

「うちは売上があがれば上がるほど儲かる仕組みができている」と社長

後日決算書をもってくるように言われた。

とある旅館で、ビール瓶一本と両社の決算書をテーブルにならべて比較しながら、夜を徹して厳しく教えてくれた。

決算書の読み方も知らず、「経営者失格と言われた」
労務費が高すぎた。

「うちはこの数字が31%になったら赤字になるんだ」と教えてくれた。
1%程度の利幅を守っていることを知り、驚いた。

そして、儲からない仕事はやめるよう、アドバイスをしてくれた。

大手ゼネコン向けの仕事が儲からない仕事だった。

一方、手間がかかるので避けていた賃貸住宅の畳の張替えなどに
ターゲットを変えていった。

地場の細かい仕事をとるため、支店展開をしていった。
一時的に売上が下がったが、利益は出やすくなっていった。

福岡の畳やの営業の仕方を参考に不動産屋をまわった
あちこち回れば、関東では不動産屋ではなくリフォーム業界を回れば良いことがわかった。

5000円が相場だったときに、3500円で張替えを提案。
手書きのDMを送った。
福岡の畳屋の番頭さんが作ったものをそのまま使わせてもらった。
送る時期も2月と8月と教えてもらった。

いいタイミングで「安く、迅速に、丁寧に」という内容のDMが届くと効果がある。

いまでもDMの反響はいい。
毎月100件くらい新規がある。
関東で15000件/40000件のリフォーム屋と取引している。
12年間続けてきた成果。

日没Uターン事件
ある社員が、今日納めなければいけないのに、「日没のため帰ります」との置き手紙をして帰ってしまった。

社員教育が不十分だった。

シーズンのときは、徹夜で対応しなければいけないほど忙しくなる。

一枚あたりのコストを一定にしたかったので、社員ではなく請負契約にするようにした。

一枚引き上げたらいくら
一枚作ったらいくら
などと単価を決めて、請負にできないかとお願いした。

「不法解雇」と裁判所に訴えたものもいた。(後に和解)
職人は半分やめた。

現在110名が社員、210名が請負

請負にするとき「最低保証はしてくれるのか」と聞かれた
厳しいとは思いつつ「できない。忙しい時は徹夜でやって欲しい。仕事が無い時は収入が減る」と答えた。

材料を無駄にしたら、自分で払わなければいけない。
トラックは貸し出す。
トラックで事故を起こすと、レンタル料が高くなる仕組みも作った。

「どんなことがあっても仕事はとってくる。信じて付いてきて欲しい」
「今日から毎日11時まで営業でがんばる」と宣言。
今でも営業部長を兼任し、11時まで働くという約束を続けている。

請負契約のうち、35名が親方。
20数カ所の支店

親方が人を募集して、育てている。
一番多くて30数名を使っている親方がいる。

親方たちとのコミュニケーションは非常に濃い。
プライベートな悩み事でも必ず相談してくれる。

最近は関西からどんどん進出がある。
しかし、若い連中が「社長、俺らが追い返すから心配ないよ」と言ってくれる。

彼らとの深い絆があるかぎり、必ずキツタカは今後も伸びていく。

去年の連休中に、「リノベーション畳」をふっと思いつき、6月1日から売り始めた。
大ヒットしている。

リサイクル事業、廃材から燃料をつくる工場がいわきにできた。
これをきっかけに、大手のリフォーム屋さんから声をかけてもらえるようにもなった。

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経営関連

日本の新リーダー、かくあるべき

by Kazuhiro Ando 2010/10/31 (日) 18:03

竹中 平蔵氏の講演「日本の新リーダー、かくあるべき」を直接聞く機会を得た。

政治の世界に小泉元首相首相のようなリーダーがもう一度出て来て欲しいと痛切に願う。

リーダーは正しいと信ずることを貫き通す者で無ければならない。
リーダーは物事の枝葉に惑わされず、幹の部分をしっかりと押さえる必要がある。

そんなことを学ばせてもらった。

世界一のメガリージョンでビジネスが出来る幸運を活かし、少しでも世のため人のためになる実績を挙げたい。

以下は、講演のメモ。

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私は学者。リーダーではない。
内閣でも補佐役、参謀だった。

今日は参謀から見たリーダー論について話したい。

最近小沢さんと菅さんの選挙があった。
リーダーを選ぶ選挙だった。

意外に思われるかもしれないが、私の周辺の経済界では小沢総理待望論があった。

局面によって必要なリーダーは異なる。

たとえば経済学で言えば、大恐慌のときはケインズが必要だ。
だが平時もそれを言っていると亀井静香さんのようになってしまう。

国際的に「リーダーシップ論」がいま一番人気がある。

まさにリーダーが必要な時代。

そこで「いま一体なにが変わったのか。」(本質的な部分で)を考えて見たい。

  1. よく言われるグローバリゼイション

毎年ブラジルに行っている。
デジタルテレビの規格では日本が勝った。

ルーラ大統領が「日系人を尊敬している」と言ってくれた。
いまや日系人は150万人。

日系人はブラジルで農業を変えた。
米が主食になった。
かつてはマーケットに存在しなかったりんごも流通するようになった。(「フジ」と呼ばれているらしい)

日本に帰ってきて、ブラジル銀行に電話をしたら、、、
サンパウロに電話がつながった。

東西冷戦時代、27億人が市場経済に住んでいるといわれていた。
それが今は約60億人。

マーケットの規模がわずか20年くらいで2倍になっているということ。
また、ライバルも2倍になった。ということ。

2.技術体系の根本的な大革命「デジタル革命」

慶応大学の村井 純教授が日本にインターネットを持ち込んだ。

日本人の給与はインドとブラジルの給与に収れんせざるを得ない。
つまり「フラット化する社会。」である。
それは、限界費用がゼロになる世界。

発展途上国にとっては間違いなく厳しい時代になる。

トロント大学リチャード フロリダ教授が夜の地球をとってみた。

地球上には光の塊が20から30ある。それらを「メガリージョン」と名付けた。
全世界の人口の約半分がメガリージョンで生活している。
メガリージョンでは2/3の生産が行われ、80%の改革がなされている。

そこは、スパイキー(でこぼこ)な世界である。
クリエイティブクラスがここにいる。

私たち日本人は、フラット化する社会に行きたいのか、それともスパイキーな世界に挑むのか。
後者なら未来は明るくなる。

リチャード フロリダ教授は光の量からGDPを計測しようとしてみた。

1番大きいのが圧倒的に東京圏
2番目がボストン、ニューヨーク周辺

この二つの地域のGDPを合わせるとドイツ一国のGDPを超える。

民主党の政策は「フラット化」である。
「困っているから助けてやろう」というリーダーを選ぶと日本全体が沈んでしまう。

小泉元首相のエピソード

私は学者。職業政治家になりたいと思ったことは一度もなかった。
小泉さんの前の内閣の時にも誘われたが、断った経緯がある。

だが、小泉さんから頼まれたとき、「この人は本物のリーダーだ」と思った。
この人と一緒に改革をするならやってみたいと思った。

2003年6月のある日のこと

赤坂プリンスホテル「李鵬」という中華料理で昼食の約束があった。
だが、小泉元首相と竹中氏は厨房の奥から2人で10Fへ篭脱けした。

そこには、
福井日銀総裁
日本郵政公社の生田総裁
らが来ていた。

昼食会でいきなり生田総裁に「あなたは最初で最後の公社総裁だ」と小泉さんが言った。

つまり郵政民営化が2007年までと決まった瞬間である。

びっくりして「ホントにやるんだ」と思った。
リーダーのパッションを痛烈に感じた。

だが、週末頭を抱えることになる。
郵便局の労働組合は日本で最もミリタントと言われていた。
他にも課題は山積だ。

タイミングとしては、不良債権処理に目途をつけた直後。
2007年までに郵政民営化を実現するためには、2005年に法律を通さねばならないということ。

小泉さんは、そのようなことを踏まえ、このタイミングで今後の道筋を示した。

戦略は細部に宿る。

経営とは当たり前の手続きの地道な積み重ねである。

竹中氏は、マクドナルドやトイザらスを日本に持ち込んだ藤田 田氏にたいへんかわいがってもらった。

「竹中さん、経営とはホームランねろうたらあかんのや、必ず1塁にでることや。」
「デットボールでもなんでも一塁に出ることが大切や」

一塁に出ることを考え、小さな成功を積み重ねれば、いずれ得点へとつながってゆく。
そのようなことを良く教わった。

考えて見れば、日本の政治は「戦略は細部に宿る」ということでことごとく失敗している。

オーソリティ(当局、権威)という言葉はオーサー(ものを書く人)からきている。
つまり、法律を書く人に権威がある。

官僚が牛耳っている社会。政治家がどうあがいても物事がうまく進まない。

たとえば、
民営化には3通りある。

  1. 特別法によるもの。NTT など。
  2. その他の法律に基づく会社形態
  3. 完全民営化

あるとき役人は「完全民営化」という部分を「完全に民営化する」と書いて出してきた。

「完全民営化」と、「完全に民営化」ということは意味が違う。
(前者は3番に該当するが、後者は1から3までのどれかという意味になる)

そのときは、気が付いて、差し替えさせることができた。
官僚はこのようなことに長けた人種だ。

リーダーは、押さえるべきポイントは完全に押さえなければいけない。

インドのリライランス財閥のアドバイザーをしている。
筆頭株主はインド一の富豪。ムケシュ・アンバニ。
いま、ムケシュ・アンバニは、ムンバイに30階建ての自宅を立てている。

彼は1年に1回世界から5人の賢人を集め、一日中議論する。
それは肝心なことを自分で決めるためである。

日本のリーダには、こういうタイプがほとんどいない。

ハイフェッツ教授による「バルコニーに駆け上がれ」という言葉がある。
ダンスホールで演奏や照明がうまくいっていると感いじられたとしても、バルコニーから見てみよということ。

俯瞰してみてみよという意味である。

そして、フロアに戻りバンド(演奏)の調整をせよ。

俯瞰してみることがリスクを調整する方法。

ビジネスは必ずリスクが付き物。
それを管理できるかどうかがリーダーとして重要な資質。

また、「背後に流れる歌を聴け」という言葉もある。
常に、交渉相手の背後にあるものは何かを考えよ。ということだ。

梅原猛先生が「将たるゆえん」という本を書いている。

聖徳太子から数名のリーダーのエピソードだが、
そこには3つの共通点がある。

  1. 自分の頭で世界を描く(将来を洞察する)
  2. 自分の言葉で自分が考えていることを説明する能力があること(アカウンタビリティ)
  3. 組織を動かせる知恵を持っている

1. 自分の頭で世界を描く

日本政策銀行時代、金沢で企業の審査をしたことがあった。
とあるあまり大きくない会社の経営者が、アメリカ経済、韓国の動き(中略)、だから今こうして設備投資が必要だと滔々と述べた。
そのとき、この人こそ本物のリーダーだと思った。

2. 自分の言葉で自分が考えていることを説明する能力があること

ひとは本当に理解していないことは説明できない。

小泉さんは、聞いてるとき何も反応しない。寝てるみたいに見える。
そんなとき、この人は「枝を全部切り落として、幹の部分を探しているのだな。」と感じた。
枝は部下に任せる。

3. 組織を働かせる知恵を持っている

下の人は実に良くリーダーをよく見ている。(たいていのリーダーはそのことに気がつかない)

これまでの観点で政治のリーダーシップについてコメントしたい。

菅さんは魅力的だが、多くの課題を抱えている。
しかし、ツイていると言えるかもしれない。
小沢さんがいたから、総理になれた。ある種のアンチテーゼ。

規制緩和の議論がいま面白い。
菅さんが急に「規制緩和」を言い出した。あれほど批判していたのに。

リーダーはリアリスティックである必要がある。
鳩山さんのいう「友愛」にはリアリズムがない。

最近「TTP」(環太平洋の自由貿易)の話題が急に出てきた。
TTPの敵は民主党のマニフェストと正反対の考え方。
TTPの理念は自由、オープン、競争

郵政に関する、亀井さんの法案が実現すると間違いなくWTO違反になる。
内国民待遇違反。

この様な問題を解決するのがリーダーの仕事。

TTPは間違いなく国益になる。

農業は自由化すれば強くなる。競争すれば強くなる。

田村 耕太郎議員がドバイになしを持って行ったら、1個3500円で売れた。
次に、スイカを持っていったら1個3万円で売れた。

日本の農業は競争により、もっと良くなることが出来る。

小泉さんに何かを相談すると、毎回同じことを言ってくれた。
「王道の政策をやってくれ」
「どんなに批判されても構わない。」
「何も変えるな、当初の構想通りやれ。それが一番いいと思ったのだろ?」

優秀なリーダーとは

  • 指示が明快
  • 指示がぶれない

国民の声だけを聴いていたら、絶対に良いリーダーになれない。

「自分はこうしたい」と言うのがリーダー。
そういう意味からすると、いまの政治はリーダシップがない。

世の中にはみんなで決めたほうが良いことと、一人で決めたほうが良いことがある。

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経営関連

景気なんて無関係、売り上げは必ず伸びる!

by Kazuhiro Ando 2010/10/29 (金) 23:34

5人家族の我が家にとって強い味方「サイゼリア」の創業者 正垣 泰彦様の講演を直接聞く機会があった。

「サイゼリアは一度も広告をしたことがない」というのは知らなかった。
圧倒的な強さの商品・サービスを開発する必要性を改めて勉強させてもらった。

「値打ちがないビジネスはやめたほうが良い」と言われると、非常に気が引き締まる。

以下は講演のメモ。

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現在900店舗(国内、海外合計)
「売上高」という言葉を会社で使わないので、今日の演題は少し違和感がある。

ビジネスは道具。
本当の目的は、いろいろな刺激があることが楽しい。ということ。

うまくいかないことがあるから楽しい。
そのほうが自分が反省できる。心と人格を改めることができる。

ビジネスを通して、まっとうな人間になろうとするのだ。

サイゼリアのビジョン 「フードサービスの産業化」

今日話すことは、会社を大きくする方法。

初めは人材も商品もお金も何もない。
会社は小さいままではいけない。

大きくできなかったら、「法則」をやらなかっただけ。

この業界に首を突っ込んで、びっくりしたこと
働いている人たちの給料が安い。ほかの産業の1/2以下だった。

なぜか。
それは、仕組みが違うから。

だから、商社、メーカー、問屋、全部自分でやってしまおうと思った。

2つ目。ビジネスの目的は社会貢献。

お店に来るお客様の数を増やし、世界中にサイゼリアを出すことによって社会インフラになる。

みんなに喜んでもらう。

  • 従業員の給与をあげる
  • 社会インフラになる

=産業化

創業期10年
人を育てるのに20年
改革期30年

産業化になるまでに、あわせて50年かかる

いま、従業員2万人
正社員2000人

現在投資に対してのリターンが20%ある状態

  • 創業期の10年

勉強が嫌いで、いろいろなアルバイトを経験した。
最後のアルバイトが飲食店だった。皿洗い。

みんなから可愛がられた。

「頼むから店を出してくれ」と周りから頼まれた。
ついていくと言ってくれる人もいた。

その流れで、本八幡にあった店を引き継いだ。
八百屋の2階。

お客が来ないので給与が払えない。

夜中まで営業してたら、やくざのたまり場になった。

関東と関西のやくざが喧嘩をおこした。
石油ストーブ投げ合いで店が燃えてしまった。

経営がうまくいっていないため、ちょうど良いと思って「解散」といって家に帰った。

ところが「せっかくお前のために火事が起きたのに、なぜ帰ってくるのか」
と母から言われた。

それで、もう一度やろうとした。
300万借金した。

それでもまったくお客が来ない。

いろんなことを考えた。

食べ物に麻薬を入れようとさえ思った。そうすればリピート率が上がると思った。

人類が食べてるものを地球規模で調べた。
トマトなどが多いことに気が付き、西洋の料理に目が留まった。

店をたたんで、ヨーロッパ視察に行った。

ローマで迷子になり、あるレストランに巡り合った。

「食事は楽しく食べるもの」と教えてもらった。

そこで、イタリア料理をやり始めることにした。

でも、客は来なかった。

場所が悪すぎる。
店の入口がどこかも分かりづらい状況。
店の前にはヤクザがうろうろしている。

あきらめて家に帰った。

「やくざも八百屋もお前のためにあるのだから、あきらめずにやれ」
と母親から言われた。

それで、また店に戻って考えた。

ずっと考えていたら「値打ちがないから来ない」ということに気が付いた。

ビジネスの一番の優先事項は、「お客様に喜んでもらうこと」

7割引きで売ると原価を割るが、20人しか来なかった店に1000人来た。

16時から4時まで営業していたが、19時に売り切れる。

でも、お客が来すぎて疲れた。

それで、値段を上げてみた。
そしたら来なくなった。

それで、4店舗ぐらいに分散させることを思いついた。

一番悪い立地だと思っていたところが、ある意味一番いいところだった。

値打ちがなかったら会社をやめたほうがいい

メラミン事件のとき、「メラミン入ってると表に看板を出せ」と指示した。
幹部は会社つぶれると反対されたが、「いいじゃないか」と言って、記者会見でも本当のことだけを言った。

投資に対して21%のリターンがなければビジネスとは言わない。

元手をできるだけ小さくする。
投資額を一番小さくする。

ROE 20%が判断基準。

売り上げ=客数×客単価

そこで客数を増やそうと考えた。
客数を1000倍にしようと考えた。1000店舗と母親に宣言した。

「遠慮することない、やりなさい」と言われた。

じゃぁ、どうやって1000人の店長、副店長をどうやってつくろうか…と考えた。

教育の本を探して勉強した。
教育とは知識と経験を与えること

考えたってなにも出てこない。学んだほうがいい。

はじめの10年(20代)は現場をすべて教える
つぎの10年(30代)には改善案を出させる
次の10年(40代)には改革案を出させる
次の10年(50代)にはアドミニストレーション、中期計画を立てさせる

社長の仕事は何か?を調べた。

変化は、20年から30年で変化するもの、変化しないもの、5年〜10年で変化するもの
の3つに分けられる。

変化しないものは社長の仕事
つまり「戦略」とか
教育問題
不動産など

変化する技術などは部長の仕事
つまり「戦術」

「店長の仕事は何ですか」と聞いて答えられる者がだれもいなかった。

売上高に店長は関係ない。
経費の無駄をなくすことが店長の仕事。

サイゼリアでは売上高に店長の責任ない。

粗利を確保するのが店長の仕事。

儲かる仕組みを作っているので、利益を追う必要はない。

仕事の仕方は簡単。
決め事をする。

決めるのは「絶対にやってはいけないこと」だけ。

ほとんどの会社はやったほうがいいことを決めている。
だけど、そんなものは役に立たない。

サイゼリアは一回も宣伝したことがない。
宣伝したらお客さんが来すぎて困る。

優秀なものを店長にしてはいけない。
誰もまねできないから。

アルバイトは胸に給料をつけている。
給与の理由ははっきりしている。

上場しないで会社をやっている人は不思議に思う。
公の仕事なので上場は当たり前。

上場の目的は古い社員にお金を持たせること。数億円できる。

残業搾取分と言われかねない金額の10倍払おうとした。

2つ目の目的はスカウト。お金がいる。
会社はお金と人がいないとできない。

人が一番大事。

3つ目は店舗、農場をつくること。

上場したときに未上場株を社員に渡した。
上場後5年間株価が上がるように計算した。

サラリーマンが億単位の資産を得るためには上場しかない。

野菜も全部自分たちで作っている。
調理場が4度Cになっている。野菜の栄養価を失わないようにするため。

中国にも貢献したいと思った。

列ができて、弁当食べながら待ってる人が出てきた。

最初は全然来なかった。
「7割引きにせよ」といった。

なかなかやらなかったので、「明日で店を閉めよ」といったらようやくやった。

そしたら100人しかこない店に4000人くるようになった。

できない人は、環境や人のせいにする。
結果が悪いのは、自分が悪いから!

人間は一つのことしか考えられない。

一定の期間、一つのことをずーっと考えると、対策が打てるようになる。
ある出来事に対して、「なぜか」、「なぜか」を繰り返す。

いろんなことをやっているとできない。

会社というのは無駄をなくすところ。

問屋がどんなに高いものを持ってこようが、自分たちの無駄をどのようになくすかが大切。

会社を大きくするための経験法則

  1. 最初はどこも小さかったことを知る
  2. あきらめない
  3. 必ず社会貢献としてのビジョンを持つこと
    「一生かけてもできないこと」がビジョン。(誰も信用しなこと)
  4. 考えないで理論を学べ
    我流はだめ。法則を見つけよ。
  5. 大事なことから素直に実行せよ
    自分が逃げたいことからやれ!
  6. 人材を集める
  7. 資金を作る
    個人資産を増やしたってだめ。法人資産を増やせ。
  8. 仕事が楽しくなる

1〜3  構想を変える
4、5   方法を変える
6、7   敵運?を変える
8       生き方を変える

この通りにやればいいだけ。

51%できればOKと思って良い。
100%できるのは神様だけと考え、適当にやってれば良い結果となる。

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勝ち組企業の経営戦略

by Kazuhiro Ando 2010/10/27 (水) 23:44

株式会社日本M&Aセンター 代表取締役会長 分林保弘氏の講演を聞いた。

  • 企業が発展するのも破綻するのも経営者次第である。
  • 強い会社には共通点がある(メモの最後のほうを参照)

という事を学ばせてもらった。

お客様と従業員のため「プロの経営者」にならなければならない。と改めて心に刻んだ。

以下はメモ。

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約20年前、全国にM&Aセンター50社同時に立ち上げた。
15年目に上場。
その一年後に東証一部上場。

たぶん円高はますます進む。
60円になる。

「50円になっても、60円になっても耐えられる会社にする。」
~日本電産 永守氏~

政府や国に頼っていてはいけない。
内需は完全になくなる。

グローバルに考えなければ、その企業は消滅する。

プロの経営者はどんな会社でも黒字にできる。

1.ハウステンボスは再生できるか?

18年連続赤字
本物のオランダに行ったほうがむしろ安い?

と思っていたので、難しいと考えていた。

しかし、5月のオープニングパーティで、「もう黒字になっている。」と澤田氏。
経費20億円節減したとのこと。

入場者は3割から4割増えている。
AKB48で満員にするなど、さまざまな企画を矢継ぎ早に打ち出している。

盆明けは通常落ち込むが、県民デーを企画。4倍になった。

数年後にアジア最大のアウトレットを作る計画。

HISとの相乗効果で、19,800円 交通費ホテル付きの企画

ハウステンボスは分林氏の当初の観測とは異なり再生できそう。

澤田氏のようなプロの経営者はリスク管理もしっかりしている。
最初から次のような条件を決めていた

  • 出資は20億まで
  • 3年たっても赤字なら撤退

2.両備ホールディングス

ハロータクシー?、数年で5億円の赤字で民事再生。

第一交通もすごいが、岡山の両備ホールディングスに白羽の矢がたった。

経営者が変わって1年で黒字になった。

年間100件事故を起こしていたバス会社を再生させた話は有名。

運転手の再教育から始めた。
事故は10件に。
保険代3000万円から600万円に。

両備ホールディングスの経営者曰く、

会社は地方のほうが運営しやすい。
土地代安い。
優秀な人材取り放題。地方は優秀な人材の宝庫。

3.日本電産

「日本電産 永守イズムの挑戦」は必ず読んだほうが良い。

円高で買収しやすくなってきている。
いまドンドン海外の会社を買収している。

赤字の会社ばかり買ってきた。
今回アメリカの会社が初めての黒字会社か。

人は一人も切らない。経営陣も1年間は変えない。

2年以内に必ず黒字にしている。

一人も切らず意識を変えるだけ。

4.そのほか

■ 印刷業の再生
赤字の会社を買った。働かない社員が多い。労働組合活動など。

社長が乗り込み、朝7時からトイレ掃除。工場の掃除をはじめた。

1年後4000万の黒字に。

■ 水上温泉最大の旅館

4代目社長
サービス悪い、まずい食事。

仲居はぼーっとたってるだけ。

民事再生

40億あった借金

社長を送り込んだらピカピカの会社に変わった。

JTBの点数が60点台から80点台に改善。

日本経済大変換の時代”へ

海外の会社を買収。海外展開

日本のメーカーの売り上げの5割以上は海外になっている。

国内の百貨店は軒並み売り上げダウン。

226店舗中、アップは6店のみ。(ただし閉店セール3店、隣の百貨店の閉店によるもの3店)

30人から50人くらいの会社でもインド進出などをしている例がでてきた。

なぜ今、「大手企業」はM&Aなのか

  • 日本のマーケットの縮小

今後40年間で人口は40%減る。

  • 大手企業の戦略(M&A)
  • 集約化

卸(薬品、食品…)、小売

毎月毎月「卸」関係はM&A案件がある

インターネット取引で卸も不要になってきている

  • グローバル化

製薬、百貨店、食品、電機

中小企業のM&A

後継者がいない

  • 子供がいない
  • 子供が継がない
  • 子供が継げない…「厳しい経済環境」
  • 赤字率 7割
  • 企業のサイクル 10年?(以前は30年)

ハウステンボスの創業者、地元の有名な資産家だったが
全部の資産を失った。

営業出身者が後をついでも失敗することが多い。
数字が読めない。

圧倒的に数字に強いことが経営者の条件。

年商1億2千万の会社が年商6千万の会社を買ったケースも。(最近の最も小さいM&A事例)

「M&Aは時間を買うことである」

これからの会社経営5つの法則

  • 創業者
  • トップ主導型企業
  • 独創的発想に基づく企業

「あそこしか作れない」
「このマーケットでは圧倒的な強さがある」

と言われることが大切。

強みに一点集中

同業種は70%赤字企業。同じやり方をしないこと!

  • 合理主義的経営(計数感覚)
  • 低価格路線(適正価格)

経営と管理は異なる。
経営者は管理ではなく経営を!

会社をつくる方法とは

1.「経営理念」を持っているか(具体的に)

“われわれの使命とは何か?”(ドラッカー)
社員にまで使命感が浸透しているか

2.「企業の4大目標」を常に検証しているか

  1)収益性 2)安定性 3)成長性 4)社会性

3.「時代の変化」に常に対応した経営をしているか

4.経営者としての適性能力があるか

  1)思考力 2)数字力 3)モチベーションの持続力

5.「あらゆるリスク管理」を常にしているか

1件の事故でつぶれる会社がある。雪印、エンロン

毎週リスクチェック会議を実施すべき。

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